月収100万という欲求 A
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月収100万円の欲求 @
売れさえすれば、それで良い
入社して1カ月もすると新人の僕たちも先輩達と同じように毎日くつの底を減らしながら
「たたき」始めます。
僕らも早く契約を取らないと給料は一向に増えないので、必死にたたきます。
売っているものは主に固定電話とかコピー機、FAXが中心だったので、
法人向けの商品なのですが、まるいお客さんというのは、田舎の個人事業主の方が多かったですね。
携帯が主流な今の時代、固定電話なんかあまり需要はありませんよね。
ましてや、家電量販店で1万〜2万で買えますし。
それを田舎の駄菓子屋とかに、内線が10個もついた電話をリース契約させるわけです。
(部屋が2つしかないのに)
5年のリースで総額100万円ぐらいの支払いになるのですが、不思議な事にまるいお客さんというのは何故か買っちゃうんですね。
明らかに必要が無いにも関わらず、セールスマンの巧みなトークで
不必要なメリットを、さも劇的に生活が変わるかのような言い回しで強引に勧めていくのです。
そんなトークにお年寄りなどは簡単に言いくるめられてしまうから本当に怖いです。
ちなみに先輩と同行している時に聞いた話ですが、
契約してもらえそうなまるい家(会社)には外観から見た
いくつかの特徴があるそうです。
例えば、
●表札、玄関に「訪問販売お断り」とシールが貼っている家
●太陽光温水器、太陽光発電のパネルが屋根に設置してある家
●後付けのベランダ、カーポートがある家
●玄関先で犬を飼っている家 など
他にもいくつかあるそうですが
、全てカモ扱いされるそうです。
ようするに色々な訪問販売業者からセールスをかけられて、
断り切れなかった気弱な証だそうです。
そんな情報が聞けただけでも、僕にとっては良い経験でした。
当時は、僕も生活があるので必死に商品を売ろうと頑張っていました。
入社して3カ月ぐらいで、月収も30万ぐらいまで貰えるようになり、ボーナスも50万近くあった気がします。
これでようやく家族を養える。この時はそう思っていました。
けれども半面、心の闇は深くなる一方でした。。。。
売れても売れても満たされない心
何度も言いますが、セールスの世界にいる人は、全てとは言いませんが、
金の亡者、金儲け主義が多いです。
しかし、そういう僕も、「お金」への欲求からこの世界に足を踏み入れてしまった
金儲け主義であることに変わりなかったのです。
金儲け主義者に囲まれ、自分自身もそうであることを自覚しながら続けてきた仕事。
けれども本来の自分自身に嘘がつけず徐々に精神と体が壊れていったのです。
僕のセールストークも入社して数か月が経ち、基本から大きく外れ、
正しいのか、嘘なのか、もはや自分でも解らないぐらいに崩れていたと思います。
つまり僕自身も金の亡者になり始めていたのです。
そんなある日の事
いつものように先輩たちと車に乗って決められたエリアまで向かいました。
そこは、市内から1時間ほど高速で走った平和な田舎町。
そこは都会のように時間に追われた慌ただしさなど
一切伝わってきません。
そして『人を疑う事』が、まるで悪のように教えられたかの如く
まるい人達ばかりの町だったのです。
そして、何件目かにたたいた小さな金物屋での出来事です。
『ごめん下さい。』・・・・
『ごめん下さい。』・・・・
何回かあいさつすると、小さな声で
『いらっしゃい。何がよかったかね?』
と店の奥から聞こえるだけで、一向に人の姿が見えません。
仕方がないので勝手に奥に進むと、
そこには足の悪い80過ぎのおばあちゃんが、こたつに入って店番をしていました。
聞けば、そのおばあちゃんは、
数年前に亡くなった旦那さんのお店を一人で守っているのだとか。
大丈夫かと思いながらも、僕は世間話を挟みつつ、そのおばあちゃんに、
自分の会社の商品の売り込みをさりげなく始めました。
しかし、どう見ても・・・・店の中は狭い上に閑古鳥が鳴いているような寂れた金物屋。
『置く場所の無い大型の複合コピー機』、
『沢山の部署がある会社でしか使用しない内線の多い固定電話』・・・
どれもこれも、この店には必要のない商品ばかり。
それでもおばあちゃんは、話し相手が欲しかったのか
僕の話を真剣に、時に笑顔で聞いてくれました。
そしておばあちゃんは、僕の話にうなずきながら、最期にこう言ってくれました。
『あんたは、いい人そうだから、何か買わにゃ悪いねー』
『どれがおすすめかねー?』
『えっ?』
こんな事を言われたのは初めての事だったので、僕は驚きを隠せませんでした。
しかし、この一人暮らしのおばあちゃんにこんな必要のないものを売ってもいいのか?
ましてや、リース契約ともなると月々3〜4万の負担が何年間も今の生活に追加されてしまう。
しかし、1件でも多く契約を取らないと今月の生活すらままならない。
僕は悩みました。
(どうしよう・・・・・)
(そもそもこのおばあちゃんは、リースという言葉自体理解していない気がするし)
(どうしよう・・・・・)
(本当に売っていいんだろうか?)
僕の頭の中で5分ぐらい天使と悪魔が綱引きしているような、そんな感覚に陥りました。
結局 僕は
『ごめん。おばあちゃん、又来るね。』
と言って何も売らず、そのお店をあとにしました。
僕は、金の亡者、金儲け主義になり切れなかったのです。
その店を出た後も、
(僕は何をしにこの町に来たんだろう?)
(又、こんな優しい老人に出会ったらどうしよう。)
そんな不思議な恐怖と罪悪感にかられ、一刻も早くこの田舎町から離れようと思いました。
僕は結局この日、1件の契約も取れず、会社に戻って上司からボロクソに罵倒されましたが、
このおばあちゃんの事が頭から払拭できず、トボトボ帰宅の途につきました。
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