新しい世界。
そこもまた漆黒につつまれていた。
会社を辞めた僕は、生まれ育った地元に帰ってきた。
もともと僕は『いつか自分でカフェを経営したい!』 という夢を持っていた。 そのために少し前から、知り合いに会って話を聞いたり、融資を受けるための条件を調べたりしていた。
しかし、開業資金も乏しく、融資を受けるための経験が圧倒的に不足していた僕は、なるべくコンセプトの近いカフェで暫く経験を積んでから独立する事を決めた。
実際、僕は学生時代にアルバイトした経験だけで畑違いの業界で独立資金を調達しようとしたのだから、世間知らずも甚だしいと思った。
ちなみに僕は、静岡に在任中、仕事で大きな挫折をして名古屋に戻って来ることになったのですが、
風のうわさによるとその時 他社に奪われた大きな仕事は、旅行中に数百人規模の食中毒を起こして大問題になり、業界では結構大きなニュースになったそうです。
その業者は、莫大な金額の損害賠償を負い、翌年から出入り禁止となったそうです。
そして来年からまた、僕が以前に勤めていた会社が担当する事になったそうで、つまり 僕が担当した1年間だけ他社が実施することになったという訳です。。。
もしかしたら、僕が食中毒事件を起こして、今回以上に悲惨な結果になったかもしれないし、そうでなかったかもしれない。なんとも皮肉な話だ。
いずれにせよ、僕は新しい世界で動き始めた。
新しく家も借り、仕事も見つかり 自分の夢に向かって人生の再スタートを切れた!
つもりだった・・・・
しかしながら、飲食業の仕事は想像以上に過酷で、今までの生活パターンが根底から覆された。
社員の1日のスケジュールはざっとこんな感じでした。
朝8時に起き
午前9時〜: 開店準備をはじめる。大量の野菜を切ったり、念入りに清掃。
11時〜15時: 殺人的なランチピークをこなす。
(繁盛店だったので 『もう勘弁してくれ』というぐらい来店客が多い。)
16時〜: 15分ぐらいで昼食をかきこみ 夜の準備を始める。
(時間がないので食事は、食洗器を回しながら立って食べる事が多い。洗い物が大量にあるので。。。)
19時〜: 夜のピークは昼に比べてやや弱いが、それでも満席ウエイトが続く。
(ランチに比べてメニューが多いので厨房は、更にてんてこ舞いになる。)
22時〜: 深夜は若いカップルや学生がガンガン入ってくる。
(特に大学生の団体客がいきなり15人とか20人で、予約も無しに毎日のようにやって来る。)
朝4時: 閉店 片付け 清掃 明日の準備 ミーティング
朝5時: 帰宅 就寝
(最初の1カ月は全身筋肉痛で眠る事も出来なかった。。。)
これが、毎日のように繰り返されるのです。
1日の労働時間は平均すると 16〜18時間ぐらいだったでしょうか。
今思うと、言われるがままに社畜として働かされ、基本的人権もへったくれもありませんでした。
更に、僕の体はサラリーマン時代の不摂生がたたり、足腰も随分弱っていました。
最初の数週間は、慣れない立ち仕事で全身が筋肉痛になり、毎日あちこちが痛くて殆ど寝る事が出来ません。
1か月で体重が14キロ落ちた。
休日は月に3〜4日ありましたが、疲れて布団から起き上がる事ができず、殆どの日を体力の回復に充てていました。
一番つらいのは、睡眠時間が毎日2〜3時間しか無い事です。
仕事が終わって車を運転する体力が残っておらず、何度も店の駐車場で朝まで寝てしまい その都度、妻に電話で起こされた事は 今でも忘れる事が出来ません。
さっき閉めたばかりのお店の裏口の鍵を又、自分で開けるのは本当にやるせない気持ちになります。
『ここも、ブラックか。。。。。』
そう呟きながら毎日 出勤していましたが、僕には独立・開業という大きな目標があるので、こんなところで挫折するわけにはいきませんでした。
今は、修行中だからと自分に言い聞かせ、何より愛する家族のために 当時は来る日も来る日も馬車馬のように働いたものでした。
いつになったら店長やらせてもらえるんだ。
店に入って1年が過ぎようとしていた。
正直 僕は焦っていた。
僕の当面の目標は、経験を積んで開業資金を調達する事だった。
仕事にもずいぶん慣れ、自分より新しい後輩も入ってきた。そう、早く 店長という役職を手に入れたかったのである。
開業資金を融資してもらうためには、提出書類に自分の経歴を記載しないといけない。
飲食店の場合、自分で経営したことがあるか、または店舗の責任者になった事があるかで融資してもらえる金額に大きな違いがあるそうだ。
だから僕は早く、このお店の一番高いところに立ちたかった。
入社する際に店長候補として採用された僕は、すぐに店長になれるものだと思い込んでいた。
そのために1日に16時間以上も働き、休日も全て潰し 年末年始もお盆もゴールデンウイークも身を粉にして出勤してきたのである。
それもこれも全て 経験値と肩書を手に入れるためだった。
同じ店に1年もいると最初に比べて環境も随分変わってくる。 特に、この業界は人の入れ替わりが激しい。
ある日 この店の店長の異動が決まった。
ここのカフェはチェーン展開を積極的に進めている最中だったので、毎月のように新規出店を行っていた。
その新しいお店へ異動する事になったのだ。
僕は、次の店長こそ自分が昇格するものだと信じて疑わなかった。 それなりにアピールもしていたし、誰よりもやる気を見せていた。 経験も随分積んだつもりだった。
しかし、次の店長はよそから来た別の人だった。
僕は苛立ちを隠せず、事あるごとにその新しい店長とぶつかった。
何かあるとすぐに
『一体、いつまで待たせるんだ!』 『いつになったら店長やらせてくれるんだ。』
なんてギャーギャー偉そうにわめいていました。
今思えば、頭がおかしかったとしか思えません。(笑) とにかくそんな感じで働いていました。
実は、経験なんて全然積んでなかったんですね。 後になってわかった事ですが。。。
それから更に3か月後、しつこくアピールしたかいもあって、めでたく店長を任せてもらう事になりました。(無理やりですが)
この時は、ここから本当の地獄が始まる事を僕は全く知らなかったのです。